岩崎山の刻紋石

岩崎山には次のような刻紋が見られます。

○に+

鷹(たか)の羽

折れ松葉

三つ違い山形

なぜ刻紋がほりこまれたのでしょう?
1600(慶長 5)年 徳川家康が関ヶ原の戦いに勝利し、天下を統一する。 
1609(慶長14)年 大名たちに名古屋城を築くよう命令が出される。
城の石垣を築くのに大量の大きな石が必要となる。
岩崎山からたくさんの石が掘り出されて、名古屋城の石垣に使われた。
その際、誰が掘った石なのか、掘り出し中なのか区別が必要であった。
大名や家来が目印をつけさせた →→→ それが刻紋です。
  
 名古屋城の石垣に同じ刻紋がありますか?
もちろん見つかっています。それだけでなく、運び出す際に岩崎山の東を
流れる原川(木津用水の西を並行して流れる小河川)に落とした刻紋石が
引き上げられ、市民会館駐車場出口付近に置かれています。
  
関連資料は?
『小牧の文化財 第二十集 小牧の歴史』 小牧市教育委員会 2005
『続・名古屋城叢書2 名古屋城石垣の刻紋』名古屋城振興協会 1999

三串団子

琴柱

○に梯子(はしご)

では、次の2枚の写真にはどの刻紋がありますか?