小木小学校区のたんけん
小木小学校区は こんなところです。

宇都宮古墳
  (うつのみやこふん)
市内で最大の古墳で、古墳時代の前期(300〜400年ごろ)につくられた。石室に使われていたと思われる石が本殿近くにある。
三角縁三神三獣鏡
(さんかくぶち
   さんしんさんじゅうきょう)
同じ型でつくられた鏡が岐阜県の長塚古墳・佐賀県の谷口古墳から見つかっている。
在原業平の歌碑
「飛車山 ふもとに見えし 里の名は たが言いそめて こきといふらん」と書かれている。
業平は東下りのときによんだものといわれている。

宇都宮神社のお祭り
10月の第2日曜日に行われる。約500mはなれた日吉神社(ひよしじんじゃ)まで往復する。厄年の人がかつぐおみこしとのぼりを持った人が静かに歩くお祭りである。織田信長の守り役であった平手政秀が納めたといわれる木彫りの狛犬(こまいぬ)も行列に加わっていた。

甲屋敷古墳
(こうやしきこふん)
高さ5m 直径30m竹におおわれた円墳。土取りで2/3がすでに消えている。見つかった三角縁神獣鏡は小牧市歴史館に展示されている。
浄音寺古墳
(じょうおんじこふん)
宇都宮古墳とは道路をはさんで反対側にある。伝承から前方後円墳であったと思われる。現在は高さ7m、長さ39mである。
日吉神社のクスノキ
根本まわりは10mをこえる。高さ22m、推定樹齢約500年と推定される。市内で最も大きいクスノキである。

織田井戸公園
(おだいどこうえん)
スパガーラからトラックターミナルへと続く道路建設にともない発掘調査が行われた。縄文時代の住居跡が見つかっている。公園には縄文時代の住居をイメージした遊具がある。
三角点(さんかくてん)
織田井戸公園の北側出入り口の近くに三角点がある。(写真左下の四角形部分)
測量の時の大切な基準になる場所である。
総堀用水  (そうぼりようすい)
この用水は元町と小木の境となっている。この用水がかつて織田信長がつくった小牧山城の城下町の南側を守るための堀のあとである。

小木城跡 (こきじょうあと)
今から500年ほど前に小木城があったといわれている。織田信長の守り役平手氏のお城で、広さは東西約215m、南北約145mであったという記録が残っている。
線路のあと
ほかのバス停よりも道路が広がっていることがわかる。これは、小牧駅と岩倉駅の間を走っていた線路の名残である。写真左奥が丹羽屋である。上の2枚の写真を比べてみると、現在のバス停は昔のプラットフォームであり、線路部分が道路になったことが分かる。
(写真資料:「小牧の文化財 第20集 小牧の歴史」より)

清洲道
(きよすみち)
木上から宇都宮古墳の横を通り抜ける道は清洲道と呼ばれる道である。小牧宿と清洲を結ぶこの道は、道幅は狭いものの、今でも国道になっている。
御嶽信仰石造物
(おんたけしんこうせきぞうぶつ)
小木の交差点から少し北に行くと文字の彫られたたくさんの石柱が見えてくる。御嶽山信仰についての石柱がたくさんここに集められている。
道標  (みちしるべ)
小木中会館横に馬頭観音(ばとうかんのん)がある。昭和56年に現在の地に移された。「右 ふじ志ま甚目寺」「左 なごやゑ」「文政五□二月日」としるされている。

道標(みちしるべ)
小木下の日吉神社の近くには五体の石仏が並んでいる。
「右ハ藤志まかん音ゑ」「文化十酉年年佛同行」としるされている。文化十年は江戸時代末1813年のことである。
舟橋翁碑
(ふなばしおうひ)
浄音寺古墳隣の変電所近くにある石碑である。小木地区の荒れ地を開くことに力をつくした舟橋茂十郎さんについてしるされている。
世尊寺(せそんじ)
学校の東隣にあるお寺の1つ。明治時代初めにできた小木学校は、このお寺の境内の建物を利用してつくられた。

五条川左岸浄化センター(ごじょうがわさがんじょうかせんたー)
小牧市内の下水がここに集まり、きれいにされ、五条川へと流れていく。
トラックターミナル
校区北西にはトラックターミナルがあります。小牧インターチェンジに近く、高速道路が利用しやすい条件を生かし、荷物の中継基地となっている。
夜になると全国各地に向かって貨物トラックが出発していく。