わたしたちの小牧原小学校は、1976年(昭和51年)4月1日に小牧小学校・村中小学校の分離校として、開校されました。
開校時には、全校13学級で児童数489人でのスタ−トでした。昭和58年には、学級数25で児童数1003人を数えるほどでしたが、以後学級数・児童数は少しずつ減っています。
わたしたちの校区は、歴史的に見てみると江戸時代の1621年(元名7年)の井戸田喜之助が野口村より来て、土地を開くことから始まりました。続いて、落合新八郎(入鹿六人衆の1人)が、上末村からやってきて、土地を開きました。いろいろな人たちの努力で小牧原新田ができあがり、今も地名にこの名が残っています。この新田開発に大きな役割を果たしたのが、学校のすぐ西を流れる合瀬川(木津用水)です。
校区をいくつかの道路が、通っています。東西に国道155号・東名高速道路が、南北に県道名古屋犬山線・市道犬山公園線など一日中たくさんの車が通っています。また、校区の東のはしを名鉄
小牧線が通っています。
校区には、いろいろな施設や建物があります。
市民の安全を守る消防署が、校区の南にあります。そのすぐ北側には、山北保育園があります。
校区の西には、わたしたちの学校をはじめ小牧市の小・中学校の給食を作って、運んでくれている北部給食センターがあります。
また、校区の北の方には、2001年にできたスポーツ施設「パ−クアリ−ナ小牧」ができました。いろいろなスポ−ツ大会のもようしが開かれます。2002年からは、小牧シティ−マラソンのスタ−ト・ゴ−ル地点にもなっています。
ほかにも、長い歴史を持つ津島神社(校区の東)・實々神社(校区の西)・神明社(校区の東)・大乗寺(校区の北)があります。
校区の南側には、安田公園・早苗公園・清友公園などいくつもの公園があります。
校区を地域に分けると、大きく6つになります。
| 地 域 | 分 団 名 |
1 | 小牧原 | 川西・源橋・北屋敷・中屋敷・西屋敷 |
2 | 懐 | 懐1・2 |
3 | 安田・山北 | 安田・山北・山北団地 |
4 | 街道・名鉄 | 街道・名鉄住宅 |
5 | 大新田 | 大新田 |
6 | 間々原 | 萱場・宮前・中島・上中下・東組AB |
参考文献
「小牧原新田ふるさと百話」
「開校5周年記念誌 小牧原」
「創立20周年記念 記念誌」