教育委員だより No.18

平成14年1月31日

小牧市教育委員会 教育長 副島 孝

夜久毛多キ(文化の継承と大衆教育その1)

のわからない題で、何かの間違いと思われたでしょうが、間違いではありません。これは、いわゆる「万葉仮名」です。古事記に出てくる、スサノヲノミコトがクシナダヒメと結婚して新居をいとなんだときの歌、「八雲立つ 出雲八重垣 つまごみに 八重垣つくる その八重垣を」の最初の部分です。ちなみにこの歌は、最初の和歌と言われているそうです。北海道の八雲町は、開拓当時の尾張藩主徳川慶勝公が、この歌から名づけたのだそうです。別に私は、万葉仮名に詳しいわけではありません。たまたまベストセラーになっている『漢字と日本人』高島俊男著(文春新書)に出ているのを読んだばかりだったので、小牧市を訪れていた八雲町児童交流学習団の引率の先生方にお話したというに過ぎません。

実は、この「漢字と日本人」には考えさえられました。著者の高島俊男さんは、「週刊文春」に長く連載中の方です。私は機会があれば読むようにしていますし、単行本にまとまれば愛読しています。高島さんは漢字を中心に、国語改革(仮名遣いの変更・字体の変更・漢字の制限)について批判、慨嘆しています。日本文化の継続にとって致命的であると、非常に明快に論証しています。特に、明治33年に文部省が改定した「小学校令施行規則」を批判しています。「字音棒引き」を槍玉に挙げています。これは正確には「字音仮名遣い」というべきで、「思ひます」などの仮名遣いはそのままにして、「字音−つまり中国伝来の漢字の読み方に関してだけは、その発音通り表示することにしよう」と決めたものです。蝶を「てふ」ではなく「ちょー」したのですから、かなり思い切ったものです。

明治33年の「小学校令施行規則」については、小野健司・板倉聖宣「沢柳政太郎と近代日本の教育」『たのしい授業』(仮説社)1月号を、読んだところだったので、両方を結びつけて考えたのでした。沢柳については、成城学園の創始者として知られていますが、経歴はすごいもので文部省に勤め、4年でいったん辞めた後、大谷尋常中学校長、群馬県尋常中学校長、第二高等学校長、第一高等学校長を経て、明治31年33歳で文部省に復帰します。それから8年普通学務局長を勤め、この間に例の「小学校令施行規則」を改定するのです。それから、文部次官になり43歳で文部省を退職します。その後、東京高等商業学校長、東北帝国大学総長、京都帝国大学総長を歴任します。この時いわゆる沢柳事件が起き辞職します。まだ50歳の彼は、2年後帝国教育会の会長に担ぎ出されます。同じ年に私立成城中学校長を依頼され、教育研究のための小学校新設を条件に引き受け、翌年成城小学校長を兼任します。明治時代とはいえ、こんな経歴の人は珍しいことでした。

話を明治33年の「小学校令施行規則」に戻します。この規則の第16条は、次のように定められています。「小学校において用うる仮名およびその字体は第一号表に、字音仮名遣は第二号表により、また漢字はなるべきその数を節減して応用広きものを選ぶべし。尋常小学校において教授に用うる漢字はなるべく第三号表に掲ぐる文字の範囲内において、これを選ぶべし」まさに戦後の国語改革と同じです。この「小学校令施行規則」は明治41年、沢柳が文部次官を退職した1か月後に、字音表記に関する規定が改定され、歴史的仮名遣いが復活します。教育の現場からは指導の困難さから反対の意見が出されますが、無視されます。

「ちょー」などという表記の仕方は、現在でも抵抗を感じる人が多いと思います。戦後の国語改革は過去の日本人の生活や文化や遺産とのあいだの通路を切断してしまったと、高島さんが嘆くのもよく理解できます。しかし、それよりも私は、このおかげで多くの人々が読み書きできるようになったことを大事にしたいのです。すべての人が変体仮名や歴史的仮名遣いや何千という漢字を読める必要はないと思います。もちろん、誰も読めなくてもよいと、主張するつもりはありません。興味のある人、必要な人は、どんどん身につけるべきだと思いますが、全員に強制するのは問題だと考えます。

この稿の副題にその1としたのは、次に変体仮名を例に、続けて論じたいと思っているからです。また、柄にもなく細かいことを書いたのは、来年度から学校に正式に取り入れられる「総合的な学習」がねらう、自分が興味関心を抱いたことを自分なりに調べることの楽しさを、私自身の体験で示してみたかったからです。私はこれまでも、ちょっと興味を持つと一応の満足が行くまで調べてみることにしていました。関心を持っていると、また資料が見つかるものです。暇があるわけではないので、他人から見れば程度が低いと思われるようなことで、自分としては楽しんでいました。そんな楽しみを子どもたちが味わえる「総合的な学習の時間」を、私は期待していますし、先生方にも経験してほしいと願っています。


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