教育委員だより No.32

                                                         平成14年6月28日

                                                小牧市教育委員会教育長  副島 孝

教師力をアップするとは

教師力アップセミナーという勉強会が、小牧市の先生を中心に企画され、実施されています。全国から著名な研究者や実践家を呼んで、話を聞き、質疑しようという試みです。実は、先日その2回目に、著名でもなく、実績もない私が講師を務めました。このような試みがやりやすくなるのなら、私のような者でも協力すべきだと考えたからです。教育を取り巻く環境が大きく変わり、学校の役割が問い直されている現在、教師であることの困難さも増してきています。こうした状況を負としてとらえるのではなく、教師としての力量向上の契機としようと前向きに考えるのは大切なことだと思います。

当日は、私の教師生活を振り返って感じていることをお話ししました。内容は、授業の持つ奥深さ、影響を受けた人たち、仲間や同僚の大切さ、授業づくりの実際、実証的な教育研究への願いなどです。質問もかなりたくさん出され、返答に汗をかきました。このホームページを読んでいるという方もかなりみえて、恐縮しました。学ぶ意欲を持つ集団を相手にするのは、気持ちのよいものです。ただ、当日お話もしたのですが、自分から意欲を持って話を聞いたから力量が向上するわけではありません。その後の自分自身での実践の質がポイントです。

最近ある講演を聞いたのを機会に、イサベラ・バードの『日本奥地紀行』平凡社を読み直しています。明治11年に、日本人の通訳1人を連れただけで、東北から北海道を旅行した英国女性の紀行文です。どうしても、学校や子どものことの記述に目が行きます。明治11年といえば、明治5年の学制頒布からそれほどたっていません。なかなか就学率が伸びず、全国での就学率は40%前後でしかなかったはずです。しかし、この書物での当方地方の記述は、ずいぶん様子を異にしています。

少し引用してみましょう。「教科書をじっと見つめている生徒たちの古風な顔には、痛々しいほどの熱心さがある。外国人が入ってくるという稀な出来事があっても、これらあどけない生徒たちの注意をそらすことはなかった」「私は、子どもたちが自分たちだけで面白く遊べるように、うまく仕込まれているのに感心する。家庭教育の一つは、いろいろな遊戯の規則を覚えることである。規則は絶対であり、疑問が出たときには、口論して遊戯を中止するのではなく、年長の子の命令で問題を解決する。子どもたちは自分たちだけで遊び、いつも大人の手を借りるようなことはない」「晩になると、学課のおさらいをする声が、一時間も町中に聞こえてくる」

もちろん、当時の日本の貧しさや不潔さは、想像を絶するものです。「見るも痛々しいのは、疥癬、しらくも頭、たむし、ただれ目、不健康そうな発疹など嫌な病気が蔓延していることである。村人たちの30パーセントは、天然痘のひどい跡を残している」しかし、随所に日本には浮浪者や乞食がいないことを記録しています。「彼らは家族のためにパンを得ようとまじめに人生を生きているのである。彼らは苦しみ、烈しい労働をしているけれども、まったく独立独歩の人間である。私はこのふしぎな地方で、一人も乞食に出会ったことはない」

この姿を、今の日本では見つけることはできないでしょう。比較のしようがないほど豊かに、清潔になりました。しかし、当時の子どもたちが学校教育にかけていた情熱もまた、現在見ることはできません。豊かになった国に共通する教育の困難に、日本も直面しています。学び合う先生方の情熱と取り組みを抜きにして、教育の問題が解決に向かうとは考えられません。仲間や同僚との共同研究の充実を願う一方で、教育の諸問題の解決を先生方の個人的な努力に帰してしまわない責任をあらためて痛感しました。

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