教育委員だより No.44

                                                         平成14年11月28日

                                                小牧市教育委員会教育長  副島孝

社会科のフィールドワークに参加して

久しぶりに学校の先生方といっしょに、小牧市内や周辺地域のフィールドワークに参加しました。フィールドワークとは、現地を訪れて調査したり、学んだりすることです。社会科や理科、それに総合学習などには、必ずと言っていいほど行われるものです。子どもたちだけではありません。教師にとっても、必須の作業です。元社会科教師としては、久しぶりに現職に戻ったような感じを受けました。かつての教師の採用が多かった時代には、地域を知る目的で新任研修として実施されていました。現在のように採用が少なくなると、このような自己研修で補う必要があります。

コースは、青塚古墳、宇都宮神社古墳、東海ゴム、小牧宿と、1日がかりの盛りだくさんな内容でした。内容はどれも充実していましたが、この地方の古墳分布や特徴について、埋蔵文化財センターの赤塚次郎先生にお話しいただいたことが印象に残りました。宇都宮古墳は前方後円墳ではなく、前方後方墳であるとする説が、有力になってきています。この前方後方墳は、美濃・尾張地方で初期の段階に(3世紀から4世紀前半にかけて)造られました。その後は、犬山・鵜沼での大規模な前方後円墳へと変化していきます。小牧を含むこの地域は、県主(あがたぬし)の邇波(ニハ)・加茂の氏族の地域とまとめられます。一方、5世紀後半以降の春日井から名古屋にかけての前方後円墳地域は、尾張連氏(おわりのむらじ)の活躍する尾張(尾治オハリ)地域とするのが赤塚先生の説明です。

古墳の出土品の代表格である銅鏡の文様についても、西王母(下之町の山車でも有名)の神仙伝説から説き起こしていただきました。この後、宇都宮神社で三角縁神獣鏡を見せていただいた際にも、とても参考になりました。郷土史を始めると、狭い範囲のことには詳しくなっても、全体の流れの中に位置付けることがおろそかになりがちです。その意味でも、非常に参考になりました。実は、10月6日(土)の文化財講座で、「小牧山城へ到る途」と題して、蓬左文庫の下村信博先生に文献史学の立場からお話しいただきました。信長の系譜や事跡を、「続群書類従」など多彩な文書を利用して跡付ける興味深いお話でした。特に信長が新たに小牧山に館を設けて、連歌の会を開いたことを証明する手順は、推理小説を読むようにスリリングなものでした。

この文化財講座に、現職の先生の参加が少なかったのが残念に思いました。また、日曜日に無理を言ってお願いした東海ゴムの製品開発力には、感服するものがありました。プロジェクトXで取り上げられたキャノンの複写機開発(すみません。番組を見てないのですが)には、東海ゴムの技術が大きく貢献していることも知りました。戦後の民主主義教育の中核を担う教科として発足した社会科ですが、最近は力を持った実践が少ないという感が否めません。教育基本法論議の中心である「公共」の精神も、社会科が担うべきものだったと考えます。基本的な知識とともに、市民性を育てる充実感のある学びをつくるためにも、まず社会科教師がその学びを体感してほしいと願っています。

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