教育委員だより No.47

                                                         平成15年1月8日

                                                小牧市教育委員会教育長  副島孝

ソウルで過ごした年末年始

今年の正月はソウルで迎えました。例年にない長さの年末年始の休みを利用して、何の計画も無い数日間のソウル滞在という旅です。実は2000年のお盆にも、思いついて韓国へ出かけたことがあります。扶余や公州など百済王朝の古都の仏教遺跡を訪ねるという、直前でも空いていたマイナーなツアーでした。韓国の田舎の風物は、懐かしさを感じさせるものでした。このときの収穫は、独立記念館での高句麗広開土王碑の実物大のレプリカでした。「これが初めての韓国訪問です」とガイドさんに言うと、「初めてで、ここに来る人は珍しい。機会があったらソウルにもぜひ」と言われたものです。

さて、冬のソウルは本当に寒いのですが、地下鉄を利用して南大門市場などを結構歩き回りました。行けませんでしたが、友好都市の安養市がソウルの南に隣接し、地下鉄が伸びていることも知りました。夜はやることがないので、ホテルでNHKの衛星放送を見ていました。フォーク・クルセダ−ズ(実は初めて自分で買ったレコードが「帰ってきたヨッパライ」なのです)の1日だけの再結成リサイタルや紅白歌合戦など、日本にいたら多分見なかった番組をゆっくり見ることができました。

朝鮮総督府が建てられていた李王朝の宮殿である景福宮は、復元がかなり進んでいました。その景福宮の光化門からソウル市庁にかけての片道5車線の道路が、ワールドカップのときに群集で赤く染まった場所です。大晦日の夜には、米軍の装甲車に轢かれた2人の女子中学生への追悼集会の会場になっていました。おびただしい数の機動隊員と三重の機動隊バスで包囲された会場に、どんどん入っていく市民。機動隊も警戒するだけで、規制はもちろん声をかけることもない様子に、韓国の民主化を肌で感じました。

韓国に着いてから、せっかくの機会だから国境近くに行けないかと考えました。JSA(共同警備区域)である板門店へは、ツアーに参加すれば可能だとわかりました。しかし、すでにツアーは満員で、DMZ(非武装地帯)にある第3トンネルツアーなら何とかなることがわかり、参加することにしました。第3トンネルは、1970年代に発見された北朝鮮から国境線をくぐって韓国へ軍隊を送り込むために掘られた、4本の秘密トンネルの一つです。トンネル自体は岩盤を掘り進めた、縦横2mくらいのもので、国境線近くまで中を見学できます。

ツアーではイムジン川(たまたま例のフォークルのコンサートでも歌っていました)沿いの道路を、検問を受けながら進みます。対岸の北朝鮮が見える展望台も、コースの目玉の一つでした。北朝鮮側には展望台ができてから、近代的なアパート群が建てられたそうです(ほとんど人は住んでいないそうですが)。展望台の建物には、北朝鮮の生活を示す展示があり、小学校の教室などが再現してありました。また、南北対話で約束された南北をつなぐ鉄道京義線が、臨津関(イムジンガク)駅までできており、さらに北へ工事が続いていました。

国連軍や韓国軍の兵士の姿には、さすがに国境近くだと感じさせるものがありました。徴兵制がある韓国の若い兵士は、学生らしい人も多く、「以前東京に住んでいました」と語る人もいました。短期間の無計画な旅行でしたが、地理教師であった昔の感覚にしばらくの間ひたることができました。

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