教育委員だより No.48

                                                         平成15年1月29日

                                                小牧市教育委員会教育長  副島孝

『生き物をめぐる4つの「なぜ」』を読む

動物行動学という学問があります。結構人気のある学問です。「利己的な遺伝子」を引っさげて活躍中の竹内久美子の一連の本は、よく売れているようです(私も、よく読みます)。著者である長谷川眞理子の名を私が知ったのも、竹内らへの批判の文章からでした(「種と個のあいだ」『知のモラル』東大出版会所収)。しかも、この論文では、利己的遺伝子の理論を安易に人間の行動の分析に適用することを、(竹内らの名は一切出さずに)厳しく指弾していました。その著者が一般向けの本(集英社新書)を書いたのですから、どんな内容か興味を持ちました。

著者は、生物の教科書に決定的に欠けているのは、私たちが生き物に対して抱く「なぜ?」という疑問に答えてくれないからだと書きます。「こうなっている」という記述ばかりだから、さまざまな名称の羅列となり、全体を貫く理論のない、単なる暗記科目と思えてしまうというのです。そこで、著者が持ち出すのは、動物行動学の祖の一人であるティンバーゲンの「4つのなぜ」です。「4つのなぜ」とは、@至近要因、つまりその行動が引き起こされている直接の原因は何か、A究極要因、その行動はどんな機能があるから進化したのか、B発達要因、その行動は動物の一生の間にどのような発達をたどって完成されたのか、C系統進化要因、その行動はその動物の進化の過程でその祖先型からどのような道筋をたどって出現してきたのか、の4つです。

動物の行動を本当に理解するためには、この4つの次元の違う「なぜ?」を解明しなくてはいけないとし、雄と雌、鳥のさえずり、鳥の渡り、発光する生物、子育て、角と牙、そして最後に人間の道徳性を、例に取り上げます。「鳥はなぜさえずるか」では、@は、鳥の喉の構造と鳥の脳にさえずり中枢があることから説明されます。Aは、雄どうしでのなわばり獲得の宣言と雌への求愛のためです。様々な観察から仮説が立てられ、実験を通して検証される過程は、なかなか興味深いものです。Bは、基本となるさえずりは鳥に生まれつき備わっているが、ある時期までにおとなが歌う声をきき、まねをしなければならないそうです。つまり、遺伝と学習・環境の両方が必要なのです。Cについては、まだよくわかっていないそうです。遺伝子の研究に期待するという段階でしょうか。

さて、人間社会への安易な応用を批判する著者自身は、「人間の道徳性はなぜあるのか」をどのように扱っているのでしょう。さすが科学者らしく、まず道徳性の定義からはじめます。著者は、道徳性の本質を、「自分の欲することをめざす行動が、他者の欲求や利益を妨げるとき、どのように自己抑制するか」だと規定します。そして、@を、道徳的に自分の欲望を抑えることができたときに褒められ、抑えられなかったときに叱られるという繰り返しから、褒められる「快」を選択するようになるのだ、と説明します。その「快」が、道徳的にふるまわず、自分の欲望を満たしたときに得られる「快」よりも大きいと感じるから選択されるとします。

続いてAからCが分析されますが、そこで強調されているのは、「心の理論」と「共感」です。「心の理論」とは、心に関する科学的な理論のことではなく、他者にも心がある、他者にも欲求がある、ということを理解できる脳の機能のことです。「共感」はもちろん、自分がその他者の立場になったときのことを想像して、他者の喜びを自分の喜びとし、他者の痛みを自分の痛みとすることができることです。そして、道徳性の発達のためには、親をはじめとして自分が大切だと思う人々との、密接な愛着の感情の発達が基盤となっています。こうした基盤のうえに、道徳的な行動選択は、教育と経験によって作られていくというわけです。

本書は、確かに読者が興味をそそられるような疑問と、それに対する仮説的段階の理論の紹介を中心とした本に比べれば、まじめで地味な感じがします。また、「4つのなぜ」が一般向けの本の構成として本当に適当なのか、という疑問もあります。しかし、生物が名前ばかりを覚えなければならない退屈な暗記教科ではないことは、多くの実例を通して十分に伝わります。高校生時代、物理や化学に比べて生物を苦手にしていた私には、こんな教え方をしてほしかったと思いがあります。それは、社会科を暗記教科と言われることへの、私の違和感や反省とも共通するものです。

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