教育委員だより No.78

                                                                  平成16年2月17日

                                                教育長 副島孝

新しい学校づくりのプレゼンテーションを終えて

9日に、一日かけて来年度の「新しい学校づくり事業」のプレゼンテーションが行われました。昨年度は事前に新聞等でも報道されたため、報道関係者や市民の方の参観もありましたが、今回は特別にお知らせしなかったので、学校からお聞きになった方が参観された程度でした。来年度はぜひ知らせてほしいとの声もお聞きしたので、事前にお知らせしたいと考えています。

さて、今回の提案のポイントは、前年度(つまり今年度)の取組を、各校がどのように評価・反省しているかだと考えていました。取組の評価があいまいでは、どんなに立派な提案が行われたとしても、次年度の成果は期待できません。そういう観点から見ると、年度始めから実施しなければ意味のない事業を3学期にやっと(それも形だけ)始めていながら高い自己評価をしている学校も、なかにはありました。審査に当たっていただいた先生方からも、「自己採点は甘くなりがちである。そんなに簡単に成果が出たと言えるのか。外部評価はなされているか」などのご意見が出されました。

また、「総花的で、今年度はこの事業に力点をおきたいという視点が見られない提案がある。ボランティアへの謝礼の是非をどう考えるか。学校の課題としては、開かれた学校と学力保証の両面があると思うが、片方だけの学校がある」などのコメントもいただきました。一方で、審査員全員から高い評価を得た、小牧中や応時中などの提案もありました。

2回目を迎えた提案を聞いて私が感じたことは、二つあります。ひとつは、研究者との間で継続的な授業研究を続けている学校が増えたことです。単発で指導を受けることも無意味だとは言いませんが、たいした効果は得られないだろうと感じています。大学の先生から言われたから正しいと、主張をされる先生が時々みえます。少なくとも私は、大学の先生の意見だから正しいなどと思ったことは一度もありません(納得できる意見を聞いて、さすがと思ったことは数多くありますが)。現在の教育学の水準にも、満足できないものを感じています。だからこそ、研究者にも刺激になる継続的な共同研究は、必ず子供たちに成果が返ってくるだろうと考えています。

もうひとつは、伝えたいことがある学校に、すべての学校がなってほしいということです。伝える技術としてのプレゼンテーションの力は、子供たちだけでなく先生方も当然身につけてほしいことです。なかでも、限られた時間のなかで焦点化した提案をする力量は、絶対に必要なことです。しかし、それ以上に、伝えたいことがあるということ自体の意義を再確認したいのです。多分、これが教育というものの原点だと考えるからです。

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