教育委員だより No.88

                                                                  平成16年5月31日

教育長 副島孝

英語を学ぶ(楽しむ)

  多くの日本人が(もちろん私を含め)、英語には苦手意識を持っているようです。長い間英語を勉強したのに、ちっとも使えるようにならないのは、日本の英語教育に問題があるのではないか、とはよく聞く話です。英語を使う必要を本当には感じてないところに、いちばんの原因があるのではないかと私は考えています。本当に使えないと困るという人は、実際にはそれほど多くはないはずです。ただ、英語が使えるようになりたいと思っている人が多いことは事実です。英会話学校や英語習得教材、英語関係の書籍など、一大市場を形成しています。小牧市でもKIA(国際交流協会)では、熱心な市民が学んでいます。私も英語関係の本を読んだり教材を購入したりすることは趣味(病気?)のようなもので、何十冊も書棚を飾っていますし、テープやCDも少なくありません。

こういう方法でやれば完璧、私はこの方法で英語をものにした、と本には書かれています。総じて英語の本を書く人は、結局は英語習得に成功した人です。同じ努力をすれば習得も可能なのでしょうが、根気・時間・意欲・性格(積極的に外国人に話しかけるなど)その他の理由で、著者と同じような取組は難しいようです。だからと言って、現状でよいと思っている人は多くはないでしょう。英語ができたらという思いは、理由はともあれ多くの日本人に共通しているものですから。また、英語が実質的な国際共通語となっている現実を考えれば、文部科学省が「英語が使える日本人」の育成に精力的に取り組んでいることも、理解できます。

ところで、多くの英語習得関係の本を読んでいると、共通していることに気づきます。それは、土台がためが決定的に重要だということです。土台とは、論者によって微妙に異なりますが、基本動詞を中心にした100語ほどを使いこなすことのようです。この土台ができていないために、難しい単語は覚えていても、文法の細かい点は知っていても、学校のテストで高得点を取っていても、結局は使えないというのが日本人の英語の共通した欠点のようです。

ですから日本人全体の英語能力のためには、この土台の部分をいかに作るかにかかっているのです。言い換えれば、少ない単語で(も)表現する(できる)ことを身につけることです。そのためには中学校の段階が最も重要ということになります。英語科やALTの先生方に期待するところです。また、小牧市では小学校から英語活動を行っています。小学校での教科としての英語も、全国的に論議が始まっています。英語の早期教育については、是非論を含めて様々な考え方がありますが、発音や聞き取りに関しては効果があるということは確かなようです。

教育は考え方が正しければ、適切な指導ができるわけではありません。教材と実現可能な方法論がなければ、実際には意味を持ちません。その意味で最近私が非常に興味を持っているのが、絵本程度から徐々に使用語彙数を増やしていくGraded Readerと呼ばれる本(オックスフォードやケンブリッジなど多くの出版社から大量に発行されています)を読み進むという方法です。精読ではなく多読をする、具体的には「辞書は引かない」「分からないところは飛ばして読む」「つまらなくなったら止める」という、一見過激な方法です(『快読100万語!ペーパーバックへの道』ちくま学芸文庫や『今日から読みます 英語100万語』日本実業出版などに詳しい)。

まだ、せいぜい300語程度のレベルで20冊くらいしか読んでいませんが、薄い本とはいえども1冊を読み終わることには達成感があります。200語から300語程度の語彙数でも、十分読み応えのある物語になる(つまり、英語で表現できる)ことも発見でした。1冊500円程度ですが勿体なくて、「つまらなくなったら止める」のが難しいことも分かりましたが。中1程度の語彙から十分始められますが、初学者よりもやり直しの大人の方が向いているように感じます(提唱者の酒井邦秀氏は高校や大学でも実践していますし、中学生でも不可能ではないようですが)。大量に読み飛ばすためには、図書館などにある程度揃えておくことも大いに助けになると考えています。

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