教育委員だより No.89

                                                                  平成16年6月11日

教育長 副島孝

「豊かさ」のなかの子育て

 「赤ちゃんを愛し、ひたすら抱きしめてあげてください」というメッセージが、育児中の親(特に母親)に向けて出されています。目を覆いたくなるような事件や、そこまでいかなくても平気で子どもを連れて居酒屋に通ったり、カラオケに出かけたりする親の姿をみると、もう少し愛情を持って子育てをしてほしいと誰しも感じます。しかし現在の日本では、このメッセージは「母子密着」をすすめ、本当に必要な「しつけ」を不可能にしていると、『母子密着と育児障害』(講談社+α新書)は異議申し立てをしています。

 著者の田中喜美子氏は、主婦の投稿誌「わいふ」の編集や子育ての通信講座「ニュー・マザリングシステム(NMS)研究会」を設立し、独自の調査をもとに的確な分析と実践をされている方です(私は知らなかったのですが、多くの育児書を出し、評価も高いようです)。田中氏は育児中の母親のホンネや切実な相談を通して、次のように主張します。「だっこ育児」や「母乳信仰」「添い寝」が、そして背景にある「スキンシップ礼賛」「子ども中心主義」が、母親を追い詰め、ホンネのところで二人目が産めない理由になっていると。

 現在の主婦層は、確実に二極化している。「これ以上家庭にとどまってはいられない。職業をもって本格的に働きたい」と思っている主婦たちと、「パート的に働くのならいいけれど、男並みに働くのなんかごめんだわ」と思っている主婦たちに。どちらがマジョリティかといえば、もちろん確実に後者である。そして後者にとっても生きがいは必要で、それは「子ども」である。問題は、過保護な「子育て」を理由に長期間家にとどまる結果、自分自身の、そして子ども自身の自立力にダメージを与えていると。問題のないはずの家庭の子が、「食事」や「着替え」、「おむつはずし」などをできるようになっていない、という話をよく聞きます。これらの原因は「しつけ」を困難にする「母子密着」にあると、田中氏は分析します。

現実がすっかり変わっているのに、以前の知識を今でも事実だと思い込んでしまうことは、それほど珍しいことではありません。例えば、先生への道は狭き門で、教員免許を取っても就職できる可能性は極めて低いなどというのが、それです。10年前なら事実であっても、現在やこれからの十数年を考えると(少なくとも小学校教員や、かなりの教科で中学校教員に関しては)、全くの間違いです。採用試験の倍率は急低下していますし、講師にいたっては、予算はあっても人が見つからず充足できなかったという話まで聞くありさまです。

自分に関係の深い分野だから分かっているだけで、他の分野なら気づかずにいることは少なくないはずです。ですから、この本に書かれていた内容には、本当に驚きました。この内容が正しいかどうかを、判断できるだけの材料が私にはありません。信頼にたる大規模な調査が行われにくい分野ですから、関係者の経験の範囲での発言がほとんどのはずです(もし、本格的な研究があるなら教えてください)。そういうなかで、困っている人の声が集まりやすいというバイアスはあるにしても、多くの実例をもとにした主張は傾聴に値します。

甘やかしたくても子どものために過ごす余裕のなかった時代には、一緒に過ごすわずかなひととき、母親は子どものすべてを受け止め、ひたすらかわいがることが必要だったはずです。ところが「豊かさ」と「母子密着」のなかで、子育ては大きく変化してしまったようです。これまでの考え方の前提が、私の中で確実に崩れていくのを感じました。しかし、ここで気づきました。「豊かさ」のなかで、どうあるべきかを見出せないでいるのは、教育も同じだということを。

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