教育委員だより No.121

                                                                  平成17年6月3日

                                                教育長 副島孝

共通性と専門性

東京私学教育研究所を、ご存知でしょうか。私自身は最近まで知りませんでしたが、所長をなさっている堀一郎氏のコラムは、読ませていただいておりました。先日そのコラムで、「基礎学力をどうとらえ、どう発展させていくべきか」という題の第3次基礎学力調査研究会報告書が所報に掲載されていることを知り、早速送っていただきました。

予想以上にがっちりした研究で、しかも私たち公立の義務教育に携わる者にも参考になる点が少なくありませんでした。東京の私学関係者が中等教育6年間(つまり中学・高校)で、「育てたい生徒」を実現するための基礎とは何かを明らかにし、その理念の具体化を示したものです。中心となるのは、総論に当たる「我々の育てたい生徒像と学力観」と、各論に当たる「各教科(国・数・社・理・英)の基礎学力観と伸長方法」です。

 まず「育てたい生徒」を、自国の文化的な常識と教養の基礎を体得し、伝統的な情緒と論理に対する理解力をもち、さらに加えて、異文化とのコミュニケーションの土台となる論理的な思考と普遍性のある表現力をもって、世界文化に創造的な貢献をすることができる人物と定義しています。そして、その実現のためには、生徒の「ことば力」の育成・伸長を図らなければならないと主張しています。

 各論も参考になります。社会科を例にとると、基礎学力には「体系化された基礎的な知識を蓄え、教科書の説明を忠実に理解すること」だという考えと、「実際の社会的な諸問題について調べ考えて、自分なりに問題解決を図るために必要な力」という、ふたつの考え方があります。現実には、このふたつを融合しようと努力しているが、中途半端に終わっているのが現状と分析しています。納得できる分析です。

ではどうしたらよいのでしょうか。まず、社会科の基礎学力を、市民として、社会人として未知を切り開く力と定義します。その獲得のために、「社会的事象に関する情報を収集し的確に処理する情報取扱技能」と「社会的事象を分析・評価する思考技能」が必要だとします。また、それらの基本的技能を十分に働かせるためには「社会的事象に関する基礎的な知識」が必要だとしています。

具体的には、中1の年度当初に必要最低限の「基礎的な知識」と「基本的な事項」を先取りして集中的に学ばせ、基礎学力の土台をつくることを提案しています。その主な学習内容は、@空間的な理解(地図帳をあつかおう)、A時間軸の理解(年表を理解しよう)、B社会に仕組みの理解(社会には権利と義務があることを知ろう)、C経済価値的な理解(ものの価値を知ろう)、D統計的な理解(表やグラフを読み取ろう)、E視点の理解(さまざまな角度から物事をとらえよう)、F偏りの理解(自分の見方の偏りを知ろう)です。

さまざまな小学校出身者を抱えている私学ならではの問題かもしれませんが、小学校社会科の欠けている点を指摘しているようにも思えます。公立校なら、校区の小学校の先生方との連携の問題として取り組むべきことです。また、社会科学習を支えるのは「知ることを楽しむ力」であり、目先の偏差値的学力伸長を学びと誤認することを警戒すべきだとの指摘には、共感するものがあります。

現在、小牧市内の各中学校では、学びの実現によって生徒を伸ばそうと、授業研究に取り組んでいます。学校ぐるみでひとつの方向に進むことによって、成果が期待できるようになってきた学校が増えてきたのはうれしいことです。しかし、教科としての(他教科の介入を拒む排他性ではない)専門性の主張が弱かったり、説得的でなかったりする傾向があるように感じています。共通性と専門性は、どちらも欠かせられないと痛感させられました。

目次へ戻る