教育委員だより No.144

                                                                  平成1837

                                        教育長 副島孝

「犯罪機会論」という視点

わが国で犯罪増加率が上昇していることは、誰もが知っていることです。繰り返される痛ましい事件の報道に、憂慮していない人はいないでしょう。犯罪報道では、犯罪者の性格や生育歴、家庭や学校のなどの問題点を見つけ、報道します。しかし、そこから次の犯罪を未然に防ぐ方策を見つけることには、成功していません。日本など比較にならないほどの犯罪に悩んできた欧米では、これらの問題に対処する新しい取組みが生まれているようです。

『犯罪は「この場所」で起こる』(小宮信夫、光文社新書)は、この新しい取組みを紹介しています。著者は、犯罪者に注目して動機や原因の解明に努める方法を「犯罪原因論」と呼んで、それでは犯罪を減少させることに成功しないと指摘します。それにかわり、犯罪の機会を与えないことによって犯罪を未然に防止しようとする「犯罪機会論」を紹介しています。ニューヨークでの成功で有名になった「割れ窓理論」も、実は犯罪機会論の一つだそうです。

最も参考になったのは、現在ほとんどの学校で取り組まれるようになった「地域安全マップ」に対する考え方です。「犯罪発生マップ」や「不審者マップ」は犯罪原因論であり、被害防止能力の向上に効果的でないばかりか、むしろ有害であるとさえ言うのです。確かに、不審者かどうかを事前に見きわめることは不可能に近いし、大人不信を増長させるおそれが強いという指摘にはうなずけます。

「地域安全マップ」は、犯罪が起こりやすい場所を表示した地図です。犯罪機会論に基づいて、どんな場所が危険かを見きわめる力を育てるものです。危険な場所は領域性や監視性が低い場所ですが、小学生には理解しやすいように、「入りやすい場所」と「見えにくい場所」と教えます。その上で、実際に通学路を観察し、写真を撮り、インタビューをして地図にまとめます。その過程で、犯罪の被害にあわない力を育てるのです。

また、この地図づくりは、子供だけでなく、大人にもまた効果的であり、作成過程で地域への愛着心や当事者意識を向上させる効果もあると言われます。さっそく、著者によるマップづくりの手引きを小学校に配付したところです。できれば後日、各校で取り組んだ地図をもとに検討し合ったり、指導を受けたりする研修会を開きたいと考えています。

最近よく放送される空き巣の被害を防ぐテレビ番組なども、犯罪機会論の応用だと分かりました。地域としてまとまっているところほど、被害が少ないとはよく聞くことです。犯罪機会論に基づく手法は、地域づくりの方策としてもかなり有効なようです。警備員や監視カメラなどハード面の充実も、過度に依存すれば当事者意識の低下を招き、かえって犯罪機会を増やす結果にもなりかねないとの指摘は重要だと思いました。また、犯罪機会論を踏まえたうえで人の問題に注目した例として、犯罪者の立ち直りに果たす地域の役割を米英の例を挙げて紹介しています。これからの健全育成の方向を示唆しているようで、これも参考になりました。

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