教育委員だより No.153

                                                                  平成18711

                                        教育長 副島孝

還暦を迎えて

毎年1歳ずつ年をとるのは当然ですが、60歳というのは特別な響きがあるようです。誕生日前後に、いくつも還暦祝いの会が続きました。教え子や新旧の同僚、知人、それに家族。集まる口実にするには絶好なのかなとも思い、断らずに来ました。しかし、還暦、還暦と余りにも言われ続けると、そんな年齢になってしまったのかと、正直に言えば気分的には落ち込みました。

最も印象的だったのは、新任、2年目のときに教えた子どもたち(と言っても、実は彼らも47,8歳)との会でした。彼らの語った思い出話は、授業でこんなことを教えてもらったとか、部活での思い出とか、いたずらをして叱られたこととか、自分自身が教職の1年目にやっていたことを思い出させることでした。そうか、そんなふうに受け止めていたのかとか、ずいぶん影響を与えたのかもしれないなどと感じました。

もちろん新任だった当時の実践など、大したものではなかったことは確かです。それでも40年近く経っても、昨日のことのように語る姿には、未熟ではあっても子どもたちに伝わるものはあるのだと痛感させられました。私自身は、当時のことでは苦い思い出も少なくありません。教職には向いてないのでは、と悩んだこともありました。

その後、こんなことではいけないと、私なりにさまざまなことを学んできました。1,2年目には全く知らなかったこと、思いもつかなかったことも数多く身に付けてきました。多分客観的に見れば、教師としての力量は格段に向上したと思います。しかし、それでも新任のとき教えた子どもたちとの付き合いが、今でも最も親密なのです。

数年前から教育の世界でも世代交代が始まり、多くの新任教師が採用されるようになりました。新任教師を見ていると、社会一般の若者同様、未熟ですが若さの魅力にあふれています。しかし、若さで勝負できるのは、ほんの数年間でしかありません。地道で継続的な努力が、またそれを楽しみと感じるような生き方を身に付ける必要があります。

一方で、ひとつの欠点の指摘で、若者の可能性の芽を摘み取ってしまわない寛容さが、大きく言えば教育の未来を拓くのだと思います。子どもたちは多くの欠点には目をつぶっても、ひとつの良さに注目して自分の成長の糧とする天才です。教師には、子どもたちに甘えないで自分を磨くことを期待します。周囲の大人たちには、欠点の指摘のみで子どもたちの充実した日々を台無しにしないことを願っています。

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