教育委員だより No.181

                                                               平成1964

                                        教育長 副島孝

織田信長サミットに参加して

滋賀県安土町で行われた第22回の織田信長サミットに参加してきました。22回を重ねるサミットですが、小牧市が正式に参加したのは今回が初めてです。今年から新しく10市町で再構成されました。織田信長ゆかりの市町村の首長や議長などが一堂に会して、交流を深め、魅力あるまちづくりを共に考えるという主旨のものです。市町村合併などもあり、平成16年に岐阜市で第21回が開催されてから、しばらく開催されていませんでしたが、今回第1回を昭和59年に開催した安土町で開かれました。

出かけたのには、2つ理由があります。ひとつは次回平成21年開催地として小牧市が内定しており、雰囲気を知りたかったこと。もうひとつは第一部の若桑みどりさんの講演を聞きたかったことです。若桑さんの講演は、「屏風絵探索プロジェクト調査団からの帰国報告」と題したものでした。天正少年使節を軸に文化・宗教の交流と軋轢を描いた『クアトロ・ラガッツィ』の読者ならお馴染みの、ローマ教皇グレゴリウス13世に献上された安土城と城下町を描いた屏風のその後を現地調査した報告でした。

安土町が調査団を派遣したのは、数年で焼失してしまった安土城や城下町の絵が、復元整備を含めて町の将来にとって切実な課題だという認識からなのでしょう。若桑さんのお話を直に聞いたのは初めてですが、『イメージを読む』以来の愛読者としては、こういう雰囲気の方だったのかと再認識するなど、ずいぶん楽しめました。熱っぽい語り口を通して、美術史研究の一端に触れることができました。

2部はまず、参加10市町(合併後、村はなくなりました)の紹介やまちづくり発表などサミットから始まりました。その中で、次期開催地として小牧市が正式に紹介され、中野市長が挨拶を行いました。その後、井沢元彦さんの基調講演「戦国の革命児・織田信長、その現代社会に通じるもの」が行われました。『逆説の日本史』などで有名な井沢さんは、信長は決して残酷な人間ではなく、現代人にも通じる世界観と人権意識をもった人物であったと、実例を挙げながら熱っぽく説かれました。

次に井沢さんがコーディネーターとなって、歴史まちづくりフォーラムが行われました。参加市町の代表者や会場参加者を交え、信長の残した歴史遺産を活かしたまちづくりなどについて、意見交換がなされました。バス停などでのQRコードを利用したケータイサイト<ぎふ・いざナビ>による、岐阜市の史跡説明などが参考になりました。直接フォーラムには出てきませんでしたが、サミット会場を含め安土町の公共施設のデザインが、信長当時のセミナリオなどヨーロッパ風に統一されていることにも目をひかれました。

小牧市は、小牧山や城下町の発掘を通じて、従来の徳川家との関係だけでなく、織田信長との結びつきが解明されてきました。2年後の織田信長サミットを契機に、市民はもちろん広く全国に発信する機会となればと考えています。また、このサミットで感じた、歴史遺産の活用にこだわらず、信長のもつ時代を読む先見性に学ぶ、という姿勢を諸事業に活かしたいと感じました。

目次へ戻る