教育委員だより No.184

                                                               平成19711

                                        教育長 副島孝

ドイツの教育

「隣の芝生は青い」と言われることがあります。とかく、よそのものは良く見えるものです。何気なく手にした『母親に向かない人の子育て術』(川口マーン惠美、文春新書)を読んで、久し振りにそんなことを感じました。著者はドイツ人の夫と結婚し、3人の娘さんを育てるピアニストです。書名とはまったく別のドイツの教育の紹介が、とても参考になりました。

ドイツの学校(全国一律ではなく、州ごとに制度は少し異なりますが)は午前中で終わり、午後はスポーツや文化活動を地域で行う、と聞きます。だから日本も同じように、という意見を聞くことがあります。この本によると、朝8時前に始業し、1時ごろまでに6時間詰め込んで終業という強行スケジュールだそうです。始業が早いので、朝ご飯を食べていない子も多いそうです。著者によると、「何が何でも1時過ぎに授業を終わらせて、空腹の子供を家に帰すというのは、教師の都合としか思えない」とのことです。

ドイツの学校制度は複線型です。小学校4年生の終わりに国語と算数の成績で、3種類の学校に別けられます。一つは、大学進学を前提としたギムナジウム。二つめは、大学進学は希望せず、事務職や専門職希望向けの実業学校(実科学校Realshule)。三つめが、元は職人になる者が行った5年制の基幹学校(本科学校Hauptshule)です。ドイツもかつては職人をめざす人にはマイスター制度が機能し、それなりに棲み分けができていたそうですが、現在では成績による振り分けが実態で深刻な状況だ、と著者は指摘します(実は3人の娘さんがそれぞれの種類の学校に進んだため、すべてを経験したそうです)。

一方子どもたちの生活面では、ドイツの教師は学校で授業をするだけで、校外の問題には関知しないそうです。ちなみに16歳以上は喫煙が許可されているため、多くの学校では生徒のための喫煙コーナーがある(州によって差はあるようですが)と、驚くべきことも書かれています。深夜の外出は警官の補導対象ですが、治安状況も日本の比ではないようで、都会ではドラッグの抜き打ち検査以外は黙認だそうです。著者の住むシュツットガルトでは、金曜と土曜の深夜に若者たちを自宅に帰すため、終電後に郊外向けの深夜バスのサービスまであると書かれています。

こんなことを読むと、ドイツは一体どうなっているんだ、と思わされます。しかし一方、有名な大学入学資格試験アビトゥーアの内容には、感心させられます。特筆すべきは、ギムナジウムでの成績とは別に、卒業間近に行われる州全体の統一試験の内容です。まずは筆記試験です。国語と数学の2教科は必須で、それに自分で選択した2教科が加わります。

たとえば国語(ドイツ語)の問題は、“あなたがこの論文を読み、新聞「ディ・ツァイト」に投稿すると仮定し、その文章を作成せよ”のような5題から一つを選び、5時間半で起承転結のしっかりした論文をまとめる、というものです。驚くのは、ドイツの試験答案に鉛筆は認められず、ペン書きでなければいけないことです。採点にも1人に3時間はかかり、他校の教師による二度目の採点が行われ、二つの採点結果に大きな差が出た場合は、さらに3人目が採点するというから大変です。

これで終わりではありません。次に(と言っても2か月後に)2科目の口頭試問があります。1科目は20分間の質疑応答、他の1科目では10分間の研究発表スピーチと10分間の質疑応答です。外国語を選んだ場合は、もちろんこれを外国語で行うわけです。日本の入学試験とはずいぶん違います。大学入学資格試験というだけあって、アカデミックなものです。ちなみに、アビトゥーアを受けることができるのは、2回だけだそうです。

どこの国の教育にも、背景にその国の歴史や文化があります。都合のいいところだけ持ってきて、というわけにはいかないことが分かります。隣の芝生をうらやましがるのではなく、これまでの取組みを生かしつつ、更なる改善を加えて行かざるを得ないことを痛感します。

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