教育委員だよりNo.192

                                                               平成191019

                                        教育長 副島孝

山田ズーニーを知る

山田ズーニーという名前を、聞いたことがありませんでした。知ったのはごく最近で、英語多読通信のコラムによってです。『あなたの話はなぜ「通じない」のか』(山田ズーニー、ちくま文庫)が、紹介されていました。ベネッセで進研ゼミの小論文編集長として、高校生の「考える力・書く力」の育成に取り組んだ人だそうです。「ほぼ日刊イトイ新聞」に「おとなの小論文教室。」(とても読み切れないほどの量です)を連載中で、これが最も簡単に人となりを知る方法でしょう。

いかにも実用書という書名ですが、読んでみると直ぐに、この著者はただ者ではないと感じました。16年近く働いた企業から独立して、フリーランスで生きることを決意した人間の自立への記録としても読めるのです。私も含め多くの人間は、組織や団体に属し、その肩書きを背景に働いていますから、個人で仕事のできる人を見ると、圧倒的な迫力を感じます。

そういえば、「大人の小論文教室。」に、38歳で独立し「死ぬか」と思ったという内容のエッセイがあります。もちろんここでいう「死」は、肉体的な死ではなく、「社会的な意味での存在の死」「アイデンティティの死」「志の死」のことです。独立と同じではありませんが、定年退職後生きがいをなくしてしまったという話はよく聞きます。新しい環境になれば、新しいコミュニケーションが必要になります。自分の言うことをわかってほしいと思っても、うまく伝わらない。そこで必要になるのが「メディア力(りょく)」であり、それを身につけようというのが本書の主張です。

しかし、本書は書名にもかかわらず、お仕着せのコミュニケーション術を覚え込むという方法をとりません。〈聞く方は、予備知識も含め、あなたというメディア全体が放っているものと、発言内容の「足し算」で聞いている〉のだから、伝える内容だけを一生懸命考えても伝わらないよ、というわけです。それには〈相手に応じて、シーンに応じて、あなた独自のコミュニケーション術を打ち立てていけるようにする〉必要があるのだから、もう少し根本的なところから考えましょうというスタンスです。

実用書としても、なかなかの出来だと思います。借り物でなく自分で苦労して編み出してきた方法だ、というところに説得力があります。上司と部下、同僚間の例が多いのですが、親と子、教師と子ども、近所同士などにも通じることだと気づきます。〈言葉は、信頼関係の中ではじめて力を持つ。メディア力とは、その人固有の「人との信頼の体系」だ〉からです。

ところで、著者の「ズーニー」はペンネームだそうです。ご自分では理由のある名前だそうですが、仕事にはプラスにならないのでは、と考えてしまいます。しかし、名前や書名からは少し遠慮したくなるような感じを受けても、読み出すと引き込まれるものがあります。いつのまにか、自分自身を振り返えらせてくれるところも気に入っています。これからしばらく読み続けることになるだろうな、という予感を与えてくれる著者を見つけました。

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