教育委員だよりNo.207                                

平成20年4月11日
教育長 副島孝

ICTと教育 その1

最近連続して、教育とICT(情報通信技術)がらみでお話ししたり、インタビューを受けたりする機会がありました。もちろん私が特別この分野に精通しているからではなく、小牧市が全国的に見ても先進的な取組みをしていると評価されているからだと思います。しかし、小牧市は何もICTで名をあげようとか、ICTを追求することを目的にしているわけではありません。小牧市の教育のめざしているものは、あくまでも子どもたちの力を健やかに伸ばし、コミュニケーション能力をはじめとする人間性を身につけることです。

ICTはあくまでも手段です。最近よく言われる言葉を使えば、子どもたちと触れ合う時間を確保するためでもあります。ただ子どもたちと触れ合うという言葉が、授業や部活動など学校で行われる教育活動以外の時間を指しているように感じられるのは心外です。授業そのものが、子どもたちとの触れ合いの時間、コミュニケーション能力を伸ばす時間にならなければと考えているからです。

ところで小牧市では、情報教育は当然のことのように積み重ねられてきており、市外からの転入生が級友のコンピュータ活用能力に驚いたり、差に悩んだりする状況があるなどの声を聞くことがあります。今さらインターネットを利用すべきかどうかを議論するのではなく、どのように利用するか、その際にどんなことに留意しなければならいかを考えながら、指導することにあると考えています(議論になった全国学力・学習状況調査で、「テレビゲームやインターネットをどのくらいの時間やりますか」という質問があったことへの異議を聞かないことには、内心腹立たしく感じています)。

もちろん情報教育の世界では、それ自体を目的化しているかのように感じられる動きがあったことも事実です。しかし、小牧市では、ICTに熱心な先生は、同時に子どもたちへの教育全般にも熱心な先生であったことは幸いでした。このコラムの第1回目も「コンピュータ教育と基礎基本」(タイトルからして現在なら絶対使わない「コンピュータ教育」などという言葉を使用するなど、現時点から見れば恥ずかしい点が多いのですが)で、限界と留意点を指摘しています。

当時と比べれば、専用線による全市的な教育ネットワークやグループウェア、教員11台のノートパソコン配付など、ずいぶん整備は進んでいます。ただ、整備が通知表などを含めた教育の充実や校務の効率化に本当に寄与しているかと問われれば、不十分な面も少なくありません。特に、校務の標準化という側面には、もっと大胆に切り込む必要があると感じています。

目次へ戻る