教育委員だよりNo.211
                                       

平成20523

教育長 副島孝

ボランティアの意義

今年度から小牧市では、小学校にも学校地域コーディネーターを置くようになりました。中学校に置かれて4年、試行錯誤の時期を経て、今では無くてはならない存在となっています(最近の文部科学省の事業では、地域コーディネーターという言葉をよく聞きますので、全国的な市民権を得たのかなと感じています)。小学校では今のところ、放課後子ども教室の開設準備の仕事があり、コーディネーター本来の活動ができるのは来年からになりそうです。

ところで放課後子ども教室は、地域のボランティアの手でというのが原則となっています。学校を支援するボランティア活動が盛んに行われて、もう久しくなります。一方で通学路の安全のために、従来とは違う方法で高齢(全部が全部ではありませんが)の方々の応募を得て、通学路ボランティアとして活動していただいています。先日、ある通学路ボランティアの方から、「お母さん方は、私たちのことをどうとらえているのだろうか」と話しかけられました。

伺ってみると、「私たちの活動を当たり前のことと思っているのか、活動中に出会っても挨拶の一つもない」とのことでした。暑い日、寒い日、雨の日、本当に頭の下がる活動を続けられているのですから、当然のように感じているはずはないと思います。しかし、そんな感想が出るのも、コミュニケーション不足から生じたものでしょう。「ご苦労様です」「いつもありがとうございます」の一言を、コミュニケーションとは大袈裟ですが、やっぱり必要なことでしょう。コミュニケーションの必要性は、子どもたちだけに言えることではありません。でも、見方を変えてみれば、親子だけではなかなか気づかない視点なのかもしれません。

最近、学校の負担を助けるため、先生方の負担軽減のためにボランティアを、とよく言われます。しかし、本来は、子どもたちが健やかに育つためには、親と先生以外の人も必要ということではないでしょうか。教育委員だよりNo.209で、子どもの成長のためには学校と家庭以外の場が必要と書きましたが、言葉を換えると先生と家族以外の人も必要ということができるようです。いや、子どもたちだけではありません。私たち大人も、直接の関係者以外の方に接することで、気づくこと学ぶことが少なくありません。ボランティアの意義は、案外そんなところにあるのかなとも感じています。

目次へ戻る