教育委員だよりNo.213                                                                                            

平成20620

教育長 副島孝

小学校での外国語活動

公示された新学習指導要領で、小学校5,6年生での外国語活動(英語活動ではなく外国語活動としたところに、見識と躊躇を個人的には感じます)が必修化されました。すでに小牧市をはじめ全国90%以上の小学校で英語活動が実施されていますので、今さらという感もありますが、必修化の意味は少なくないと考えます。

さすがに早期に指導すれば英語に習熟するだろうといった、楽観的な見方をする人は少なくなりました。特に特区という形で本格的に小学校英語教育を行ってきた地区では、高学年での子どもたちの意欲低下が指摘されているようです。ある意味では当然のことです。小学校での英語活動導入前の中学校では、1年生の前半の英語への学習意欲とそれ以後の急速な低下が指摘されていましたから。

それが小学校の英語活動にも現れているのでしょう(その意味では5,6年生と限定して必修を打ち出したことは、賢い選択だったとも言えます)。小牧市ではほとんどの小学校で、低学年から英語活動を実施しています。中学校の英語の先生の間で、英語に対する意欲を低下させて入学してくる生徒たちへの対処に戸惑っているという話があることも聞いています。

先日の教員研修を企画する現職教育委員会でも、次のような意見が出されていました。小学校でのハイテンションな英語活動が、はたして高学年の子どもたちにも受け入れられているのだろうか。同じようなハイテンションな指導を中学生に持続してよいのだろうか。市内の中学校で成果を上げてきた(まったく同じ意味ではありませんが、教師のテンションを下げようという)学び合う学びとの整合性をどう考えるべきか。

中1プロブレム以来、小中連携の重要性が指摘されています。そんな状況の中でも、日本語ばかりの飛び交うような中学校の「英語の授業」が行われていないわけではありません。せっかく英語活動を経験してきた生徒たちに、日本語の熟語の代わりに英単語を組み合わせていくような英語の授業でよいのかという疑問は消えません。

英語学習にはさまざまな考え方があります。どの方法がよいかについて、個人的に明確な考えを持っているわけでもありません。しかし、小学校でも中学校でも、出来るだけ日本語の使用を控えた指導が望ましいと考えています。英語に浸る、英語で考える(今の言葉で言えば英語脳をつくるでしょうか)時間にして欲しいと考えています。

そのためには、細部にこだわりすぎないことも必要です。ネイティブな英語でなくて、国際語としての英語をめざせばよいというのが、私の立場です。多少間違いはあってもかまわない、はっきりと話すことの方が大切だと思います。発音は下手でも堂々と発言し仕事をこなしている人を知ったこともあるでしょうし、ちゃんと話せないコンプレックスから来ているのかもしれません。

いずれにしても、外国語活動の必修化をうけて、中学校の英語授業のあり方を真剣に考えなければならないことになった事態を、個人的には非常に望ましいと考えていることは確かです。

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