教育委員だよりNo.249                                                                                            

平成21826

教育長 副島孝

日本の教育を論じる前提

教育に関する議論には、根拠のはっきりしない極論が多いと私は感じてきました。個人的な信念を語るのは自由ですが、そんな個人的な思いだけから制度をいじるのは止めて欲しい、と思っている人は少なくないはずです。そういう側面のある教育問題に、できるだけ根拠を明らかにした議論を展開してきたのが、苅谷剛彦氏です。その新著『教育と平等』(中公新書)を読みました。

詰め込み教育「対」ゆとり教育、中央集権「対」地方分権、教育の国家統制「対」教育の国民権など、日本の教育を論じるスタイルは「白か黒か」の二分法的・二項対立的な図式で行われてきました。一方を否定すれば、他方が成り立つかのような議論です。しかし、一見対立する二つの価値や論理を並び立たせた「価値の両抱え」状態を含んだロジックが、戦後教育の基底に組み込まれていた、と本書は明らかにしています。

そのロジックとは、「標準法(義務教育における学級定員及び教職員標準法)の世界」です。義務教育に必要な教職員数を算出する基準として、学級数を基本として、児童生徒数と学校数を加味して決める方式です。我々から見ると違和感のない方法ですが、欧米の常識からは外れていると苅谷氏は指摘します。欧米の常識は「パーヘッド(一人頭)の世界」で、児童生徒一人あたりの教育費を基準としているのだと。

この日本的方式がとられた理由は、明白です。終戦後の財源不足です。一人あたりを基準としていては、当時の増大する児童生徒数から見て財政的に不可能なため、すし詰め学級を前提に基準が作られたのです。その後、学級定員は徐々に引き下げられましたが、学級数を基準とする方式は変わりませんでした。一斉授業やカリキュラムの厳格化は「標準法の世界」の当然の帰結だ、と苅谷氏は指摘します。しかし、ここからが教育の世界の面白いところです。学級という集団を基礎としたさまざまな指導が、日本中で工夫実践されました。

議論の多い全国学力テストの結果を、1961年〜63年実施のものと比較すると、都道府県間の平均点の散らばりが小さくなっています(これほど差が小さくなったのに、声高に議論されるのが教育問題の特徴です)。つまり、戦前から日本の教育の課題となっていた地域格差は、かなり解消されたことになります。また、都市部ほど平均点が高かった地域類型別の差も、大幅に縮小しました。この「平等」の実現を、苅谷氏は「標準法」による知られざる「静かな革命」と呼びます。

もちろん、良いことばかりではありません。教育の標準化は、教育の画一化という側面を併せ持ちます。しかし、「面の平等」をめざして各地で行われてきた努力は、上意下達だけで行われたものではありません。ですから、教育バウチャーや学校選択制をはじめとする、「個人化」を促す「教育改革」が何をもたらすかについては、もっともっと冷静な議論が必要だと考えます。

本書で書かれている内容の多くは、個別的には概ね知っていることでした。しかし、それらのつながりを真剣に考えたことはありませんでした。今後、日本の教育を論じるのなら、本書に書かれている内容を前提とした議論でなければ、床屋談義、居酒屋談義のレベルだと、少なくとも私は受け取るだろうと思います。

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