教育委員だよりNo.253                                                                                            

平成211021

教育長 副島孝

佐藤暁先生の新著

岡山大学の佐藤暁先生の新著を読みました。特別支援教育、なかでも通常学級での発達障がい児への対応について、夏の研修会でも非常に評価の高かった先生です。その折に出版の準備が進んでいるとのお話のあった本、『子どもも教師も元気が出る授業づくりの実践ライブ』(学研教育出版)が今月出版されました。

「困り感」を抱きつつも、通常の学級で学んでいる子どもたちがいる。個別支援の手だてで、さしあたって子どもの「困り感」はずい分軽減されてきたと思う。しかし、多くの支援者がうすうす感じているように、個別支援が、いわゆる「ばんそうこうはり」の繰り返しになっている現実も否めない。この現状から脱却するためには、より根本的な手当が必要。その一つとして、最も優先されるべきものが、授業づくりである。授業の中で困っている子どもは、授業で救おう。これが、佐藤先生の主張です。

そのために、「子どもの学びを語る授業公開(研究授業と研究協議会)」を呼びかけておられます。従来型の授業公開ではない「子どもの学びを語る授業公開」は、すでに市内全校で行なわれていることですが、改めて本書によって考えさせられたことが少なくありません。全員の教師が実施し、やってよかったと思える授業公開とするために、「参観者の立ち位置と役割」をはじめとする具体的な手だてが書かれています。

指導案については、次のように書かれています。略案でよいが、@「この授業で子どもに何をどう教えるのか」という、授業の主食部分にかかわる事がら、すなわち「授業のテーマ」と、A授業の諸場面で、子どもにどのような活動を期待し、それに対応してどういった手だてを用意するのかという、おおまかな「授業のシナリオ」を盛り込んだ「授業のデザイン」は示しておきたい。

本書の内容のなかで最も特徴的なものが、研究協議会についての以下のような記述です。観察した内容を二つのステップに分けて報告し合うと、話が深まりやすい。@「子どもに何を学ばせたかったのか」を事後的に言語化する。事後的とは、指導案どおりに授業が進んだかではなく、実際の授業で子どもに何を学ばせようとしていたのかを振り返る作業を指す。授業は生ものだから、想定していなかったことが授業の主食になる例はいくらでもある。あとでの話し合いの軸がぶれないために、言語化して共有するのだ。

A「教えたかったことを子どもは学んでいたか」また「そのための教師の手だては適切だったか」を協議する。(1)こどものまなびや 活動をめぐる教師の対話を通じて、授業づくりの手がかりを探る。(2)教室のナラティブ(物語り)を生成する。(3)子どもを見る目を鍛える。ナラティブという言葉には聞き覚えがないかもしれませんが、授業研究における最先端の方法のひとつです。ビデオだけでなく、デジタルカメラによる写真の活用を協調するのも、佐藤先生の特長です。

本書は、平易に書かれてあるので、読み飛ばされてしまう恐れがありますが、一文一文の裏に重要な実践の積み重ねが隠れています。「振り返り」による「体験の共有」など、「そうか、なるほど」と膝を打つようなことばが次から次へと出てきます。保育園や幼稚園の保育段階から中学校までの授業づくりが、具体的な実例をもとに(だからこそライブと名付けられているのでしょう)記述されています。同時に、その折りの研究協議会での話し合いの内容が紹介されているのも参考になります。私自身は「学び合いの萌芽」と題された、小学校低学年を扱った章が最も参考になりました。読んでみると、それぞれの立場で実に参考になる本です。

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