教育委員だよりNo.257                                                                                            

平成21122

教育長 副島孝

私を支えた二つの言葉

12月24日に任期満了を迎えることが報道されたので、いろんな方から声をかけられます。これを機会に、今月は8年9か月の振り返りを行うことにします。初回は、この期間私を支えた二つの言葉を考えてみます。

一つは「成果はやったことではなく、できたことで」です。すべての組織で、評価が重視されるようになりました。業績評価や数値目標という言葉も一般的になりました。しかし、その割にどうも組織が活性化した、業績が向上したという話を聞きません。細かくやったことを羅列して報告することが、説明責任を果たしたことと思われているかのようです。

小牧市の学校教育を例にとると、この9年近くの間に、様々な新しい取組みを実現してきました。スクールサポーター、非常勤講師、学校地域コーディネーター、新しい学校づくり予算、Web教育研究所、研修の充実など、数多くあります。実は、この一つひとつは、学校(特に中学校)が落ち着いて学べる場となること、具体的には生徒指導に追われて授業が後回しになる、不登校が多い、学力が思うように伸びないなどの状況の改善を目的としています。しかし、個々の事業を実施するだけでは、成果は望めません。これらの事業がつながり相乗効果をあげることで、はじめて成果を生む事業です。

結果として小牧市では、中学校がずいぶん変わりました。以前のように授業を抜け出すなど、深刻な生徒指導を要する事態は激減しました(もちろん、思春期の子どもが集まる中学校で、まったく問題がないなどという事態は考えられませんが)。不登校も減少傾向に向かっていますし、学力も向上してきました。これも、生徒指導に追われて授業研究どころではないという考えから、深刻な生徒指導を解決するために授業研究をしようと、考え方を変えた結果です。

もちろん学校だけの努力ではありません。地域の一員ではなかったかのようだった中学生が、地域行事の手伝い(中には企画運営まで)をするのは当然というように変わったのは、地域の皆さん方のご協力の賜物です。校区の健全育成会の活動がパトロールや会議中心から、中学生を巻き込む事業活動に変わったことが大きいと思います。学校地域コーディネーターの力も大きいですが、それに応えてくださった区を始めとする地域の力は、小牧市の誇りだと思います。

もう一つの言葉「教育はサービスではなく、保障だ」というのは、佐藤学先生からうかがった言葉です。マスコミも含め多くの人が、「教育はサービスだ」と考えているようです。サービスなら、サービスが悪かったり、不足したりすれば、苦情を言えます。また、あちこちのサービスを比較することができます。一見正しい見方のようですが、それがもたらす(もたらした)結果は惨憺たるものです。

今学校を始めとする(教育委員会を含めた)教育関係機関は、理不尽な苦情(苦情のすべてが理不尽などとは思っていませんが)への対処に苦慮しています。評判のよい大学でも同じような事態が起きているようです。その遠因の一つが、教育をサービスと見なすことから来ているように感じています。その対極にある考えが、「教育は保障だ」というものです。

実は、教育にとって厳しいのは、こちらの方なのです。サービスなら「不足していてごめんなさい」で済むかもしれませんが、保障なら教育内容そのものに責任を持たなければなりません。学校が学校たり得る指導(小牧市では内容のある授業の実現を中心にしています)を行う責務が生じます。また、子どもへの保障ということなら、学校や行政だけに責任を負わせるわけにはいきません。保護者や地域社会もまた、責任を負わなければなりません。だから、言葉だけでない「連携」の実質が問われるのです。

すべての中学校を良い方向に変えるという、全国どこでも望みながらもなかなか果たせないことを実現した小牧市の地域の力は、この面でも希望を持たせてくれます。自分の子だけはという考え(これも親の愛情の一面ですが)が、回り回って我が子の教育環境を悪化させているのは残念なことです。でも、小牧市なら、そんな事態を放置したり、悪化させたりすることはないと考えています。

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