教育委員だよりNo.267 

平成2333

教育長 江口 光広

小牧山城での発掘調査について

 

 かねて発掘調査を進めていた小牧山で、織田信長が築城したときの石垣が当初予想していた以上の規模で、歴史的にも価値の高いものであることがわかってきました。

 市教育委員会は史跡小牧山整備計画に基づく小牧山整備のため、7年ほど前から主郭地区の発掘調査を進めてきました。主郭地区とは山頂から中腹にかけてであり、小牧山の中心地区3.5ヘクタールほどをいいますが、ここを順次発掘調査し整備を進めています。
 国指定の史跡ですので、調査を進めるに当たっては、城郭や考古学などの専門家の意見を聞き、文化庁とも協議しながら進めてきています。今年度の調査は山頂部にある歴史館のすぐ北西部にあたる約210平方メートルで行われました。

 その結果、石垣の一部が信長の築城時そのままと思われる形で発掘されました。驚くのはその規模と状態です。北西部の30数メートルにわたる上下2段の石垣であり、石垣の最下段を中心に非常に良好な状態で石垣列が築城当時のありのままで残されています。担当によれば、日本の城郭で最も古い時期のものであり、後世の城の規範となる城郭の石垣のルーツが小牧山城に遡る可能性が高くなったというものです。

 さらに私の興味をそそるのは、石垣に使われた大半の小牧山産の石材に混じってごく一部の岩崎山産の花崗岩があり、そこに○の中に十の刻印がされていることです。後の名古屋城築城の際にここの石材を利用しようと考え印をつけたと思われるということですが、小牧山の山頂に岩崎山産の石材があること自体が驚きです。あの重い石材をどうやってこの頂上へ運び上げたのか、構造上それほど重要な意味を持つ材質のものなのかと想いは膨らむばかりです。

 今回発見された石垣部分は、遺構の保護のため一部埋めるなどの仮の保存措置の後、本格的な修復を行い整備する予定になっています。また引き続き23年度も今年度の東側延長部分などの発掘を行っていきます。 機会があれば山頂まで足を運び、永禄6年の信長の時代に思いを馳せていただきたいと思います。

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