教育委員だよりNo.277 

平成26311

教育長 安藤 和憲

充実してきた小牧の教育

 

 去る3月6日、市内の全中学校で卒業証書授与式が行われました。私も篠岡中学校の授与式に参列しました。卒業生の「旅立ちの言葉」では、厳かな雰囲気の中にも、卒業生一人ひとりが、3年間の思いを自分の言葉で切々と語ってくれました。ある生徒は、親への感謝の気持ちを、またある生徒は、友と過ごした語り尽くせぬ思い出を。涙で声を詰まらせながら語る彼らの心情を思いやるとき、これまでの中学校生活が、その成長に如何に大きな影響を与えてきたかを窺い知ることができました。

 さて、私も教育長に就任して1年が過ぎようとしています。この間に私の感じたことを、3月6日発行の「教員会報」に、「充実してきた小牧の教育」と題して寄稿させていただきました。小牧の教職員以外の皆様にも、ご一読していただければ幸いです。

 〈教員会報への寄稿文より〉 
 平成25年度も余すところ後わずかとなってきました。

 最近の教育情勢に目を向けたとき、「見直し」「検討」という言葉が日常的に目に入ってきます。現行制度を見直した教育委員会制度の在り方の検討、道徳の教科化の検討、あるいは小・中・高校を通じた英語教育の在り方の検討など挙げれば枚挙にいとまのない状況といえます。しかし、こういう状況下にあっても、日々の教育活動は留まることなく進んでいるのです。その中で、目の前の子どもたちは着実に学びを深めています。
 今年度、学校訪問の機会を得て多くの学校の様子を見せていただきました。「小牧の教育は、大地に根を張り、太い幹を養いつつある成長期にさしかかってきた」というのが、私の率直な感想です。そして、何よりも嬉しく感じたのが、どの学校を訪れても、そこには瞳を輝かせて自らの課題に向き合っている子どもたちの真剣な姿を見ることができたことです。こういう状況が生まれてきた背景には、小牧の教師集団の絶えまぬ研鑽が第一にあげられます
 「同僚性」の高い学校にしたい。今、小牧のどの学校も目指している方向です。でも同僚性は育てようとして育つものではないと考えています。「自校の教育の質を高める」ために、もっと授業力をつけたい、生徒理解の術を学びたいという個々の教師の探求心が土台となり、そこで体得した職人性や専門性がより多くの教師に波及していくことで同僚性の高いプロ集団が構築されていくのだと思います。訪問したどの学校からも、数年後の成熟した学校像が思い描ける雰囲気を感じました。
 話は変わりますが、最近、こんな記事を目にしました。それは、桃山時代からの技法を受け継ぐ瀬戸黒の陶芸家で人間国宝でもある加藤孝造氏を扱った記事です。氏は二百個の茶碗を焼いてもわずか十個程度を残し叩き割るというのです。そこからは、氏が心に思い描いた通りの色を求める厳格な姿勢が伝わってきます。この話を教師という職業に置き換えたとき、失敗を重ねても、自らの思い描く授業をどこまでも求めていく姿勢の中にこそ、その教師の職人性や専門性は育まれていくのではないかと感じています。〈以上、「教員会報」より〉

 来る平成26年度も、質の高い同僚性の育まれる学校づくりに向け、支援を続けていきたいと考えています。

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