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最新更新日:2024/06/19 |
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11/17 第4回 総務委員会![]() お忙しい中、ご参加いただき、ありがとうございました。 ●議事内容 1. 経過報告と今後の予定 2. 書き損じハガキの集約について 3. 平成24年度PTA活動における旅費申請について 4. 平成25年度PTA役員選考について 5. 平成25年度PTA地区委員の選出について 6. 連絡・依頼事項(動員のお願い) ミニ版「ほろほろ通信」 11/18号![]() ********** 「おばあちゃんに見守られて」 名古屋市熱田区の女性からのお便りです。 この女性は神奈川県の出身。 幼いころ、母方の実家によく泊まりに行き、おばあちゃんに面倒を見てもらっていたそうです。 その大好きなおばあちゃんが、最近亡くなられました。 子育て真っ最中で、ご主人も仕事で帰りが遅く、家を離れられない。 女性の母親(おばあちゃんの娘ですね)は、「遠いから無理して来なくていいよ」と言ってくれたそうです。 迷った末に、この女性は次のような弔電を打ちました。 「おばあちゃん、私が生まれたときからたくさん世話してくれてありがとう。お泊りした楽しい思い出は一生忘れません」 告別式の翌日、母親から、入院中のおばあちゃんの様子を聞いたそうです。 「ベットの上で子どもの世話をしているみたいだったよ。おんぶしたりして」 「肩が凝って重いから、私に早く背中から下ろしてって言うのよ」 その時、女性は気が付きました。 おばあちゃんは、病院のベットで、孫の自分の世話をしていたのだということに。 その頃のおばあちゃんの年齢を考えると、おんぶすることは体力的につらかったに違いない・・・と思うと、胸が痛くなったそうです。 「思うようにいかないこともあるけど、おばあちゃんがしてくれたように、しっかり子育てしていきます。これからも心の中にいて見守っていてね」 と、この女性は言っています。 ********** 私たちは、周りの人々に支えられ、見守られて、大人になったのですね。 今、自分が子供を育てる段階になって、初めてわかることがたくさんあります。 「あの時の、親の気持ち」もそうですね。 「そうだったのか。あの時、親はこう思っていたんだ」と、改めて気づくことがありませんか? きっと、子供たちは、私たち親や大人にいろいろ言われることを「うっとうしいな〜」と思っていることでしょうね。あの時の私たちも、そう思っていましたから。 でも、いつか彼らが大人になった時に、今の私たちが気付いたように「そういうことか!」と思えるように、いろいろなことを伝えていきたいなと思います。 「第4回夜の小牧中」で大人の学び(3)『最終回』![]() 講談から学ぶ小牧の歴史のおもしろさ 〜旭堂南海さんとともに過ごす夜〜 ●記憶すること 南海師匠が入門されたのは、24歳、もうすぐ25歳になる、という頃だったそうです。 その時、お師匠さまに言われた言葉は「人間の記憶力は24歳までだ。お前さんは、今24歳だが、もうすぐ25歳になるということは、もう手遅れかもしれんぞ」ということだったそうです。 実際に、修行する中で、南海師匠ご自身も、そのことは痛感されたそうです。 やはり「覚える」ことに、たいへんなご苦労をされたということでした。 私たち大人にも、思い当たることはありますよね。 今となっては、とっくに24歳は過ぎてしまい、若かったころに比べて、物を覚えるのがたいへんになったな〜と感じている方がほとんどだと思います。 逆に、小中学生だった頃に覚えたことは、今でも鮮明に覚えている、ということもありますね。 そのころ流行したアイドルの歌を、今でも歌詞も見ないで、振り付きでカラオケで熱唱している方、たくさんいらっしゃいます。 とはいえ、諦めてしまうにはまだ早いでしょう。 工夫しだいで、まだまだ「覚える」ことはできます。 南海師匠も、いろいろな工夫をしながら、新しいネタを覚えていらっしゃるそうです。 一番良い方法は「書いて覚える」ことだそうです。 目で見て、読んで耳で聞いて、手で書いて、身体をフル活用して、大人たちも新しいことを覚えていきましょう! 中学生の子供たちは、今、覚えることに一番適した時期ですね。 学業だけでなく、良いことも悪いことも(悪いことはほどほどに)、いっぱい経験して、どんどん吸収していってほしいなと思います。 旭堂南海師匠、豊かな学びの時間を、ありがとうございました。 「第4回夜の小牧中」で大人の学び(2)![]() 講談から学ぶ小牧の歴史のおもしろさ 〜旭堂南海さんとともに過ごす夜〜 ●講談師はウソつき? 南海師匠は「講談師はウソつきですよ」ともおっしゃいました。 そもそも、講談師が語る物語自体が、フィクションでもあります。 歴史物語は、基本的な部分は史実に基づいていますが、細かい部分はドラマティックに演出されています。 聴衆は、堅苦しい史実の話を聞きたいわけではなく、登場人物の人間味あふれる姿が躍動する楽しいお話を聞きたいのです。 しかし、南海師匠は、歴史をとてもよく勉強されています。 本当のことをしっかり勉強された上で、物語をわかりやすく、面白く演出されているのです。 確かな知識に裏打ちされているからこそ、聴衆は引き込まれ、聞き惚れるのだな、と感じました。 中には、「そこは違うじゃないか!」ときっちり指摘できる聴衆もいるでしょう。 どこが間違いか?ということを見破ることも、講談の楽しみ方の一つのようです。 講談師は、そういった指摘が出ないように、細かいところまで気を使い、うまくだませるように考えて、芸を磨いていきます。 そうやって、講談師と聴衆が、講談を高め合ってきたのですね。 ●小牧山吉五郎のおはなし 小牧山吉五郎の伝説をご存知ですか? 昔々、小牧山には「吉五郎狐」という狐の大将がいて、近辺の狐の大親分だったそうです。 その小牧山吉五郎の、アクションあり、ロマンスありの、とても楽しいお話を聞かせていただきました。 小牧中学校のお膝元で、こんな楽しい伝説があったなんて、地元の誇りですね。 子供たちには、織田信長築城の小牧城や吉五郎狐がいた小牧山を、郷土の誇りとして、大切にしていってもらいたいなと思います。 「第4回夜の小牧中」で大人の学び(1)![]() 講談から学ぶ小牧の歴史のおもしろさ 〜旭堂南海さんとともに過ごす夜〜 第4回目の夜の小牧中は、講談でした。 「講談って、なに?」というお話を、PTAの部屋でも記事にしました。 (「第4回親子で学ぶ夜の小牧中学校」へのお誘い 11/7) 今回の「夜の小牧中」でも、たくさんのことを学びました。 「大人の学び」を簡単にまとめてみましたので、ぜひご覧下さい。 ●「落語」と「講談」の違い 実際に、講談を聞いてみて、「落語」と「講談」の違いに、なるほどな〜と思いました。 ・「落語」は「演じる芸」 ・「講談」は「語る芸」 どちらも、演者がお上手であれば、そのお話の情景が目に浮かんできます。 情景を思い浮かべながら、どんどんそのお話に引き込まれていくのです。 南海師匠は、「講談は説明が必要です」とおっしゃいました。 そのとおり、物語の時代背景、登場人物の名前や身なり、背格好などを、詳しく説明して下さいました。 おかげで、その人物がすぐ隣にいるような感じで、くっきりと想像できます。 「説明」をするので、落語のように大きなアクションがないかといえば、そうではなく、扇子で机をバンバン叩いて、歌を歌うように、とてもリズミカルに、テンポよくお話され、身振り手振りも使われます。 落語との一番の違いは、この「説明する」ということのようです。 聴衆は、すばらしいナレーションを聞きながら、まるで物語を読んでいるかのような感覚になります。 「本のない読み聞かせ」のようなものでしょうか。 どんどん引き込まれ、続きがとても気になります。 昔々は、そうやって引き込まれる聴衆を前に、「今日はここまで〜」と話を打ち切っていたそうです。 「第1話はこれで終わり。第2話は、また明日」という具合に、お客さんを引きつけていたのですね。 「続きを聞きたい人は、追加料金をちょうだい」というスタイルもあったそうです。 追加料金を支払った人だけ集めて、他の人には聞こえないように講談をすることもあったのだそうです。 こういうスタイルでやれるのは、講談が「物語を語る芸」だからですね。 歴史物というのは、長い長い物語が多いですから、一度に全部を話すのは難しいですが、逆にそれをうまく使って、何度もお客さんが来てくれるように考えたのですね。 落語には「オチ」があって、最後のオチまで聞いて、初めて「おもしろい!」となるわけで、講談のように途中でやめる、ということはできません。 それも、落語と講談の違いと言えます。
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